世界中で湿地が消失,トンボ類が絶滅の危惧に - IUCNレッドリスト
2021年12月9日,スイス,グラン発(IUCN) – 湿地の破壊により,世界中でトンボ類の減少が起きている.本日の『IUCN絶滅危惧種レッドリスト™』最新版での初めての地球規模でのトンボ類評価で明らかになった.トンボ類の減少は,それらが繁殖する沼沢地や自然河川の広範な消失の徴候である.湿地の消失はほとんどが持続不可能な農業と都市化により引き起こされている.
本日の最新版により,レッドリストに掲載されている絶滅リスクにある生物の種数は初めて40,000 を超えた.IUCNレッドリストには142,577種が掲載されており,そのうちの40,084種が絶滅危惧にある.
「トンボ類の地球規模での消失が明らかになったことにより,本日の最新版は,世界の湿地とそこに棲む生命が織りなす豊かさを守ることが緊急に必要であることを強調するものである.地球規模でこうした生態系は森林よりも3倍の速さで消えつつある.沼沢地やほかの湿地は,われわれにとっては,非生産的で不快な存在と思われるかもしれない.しかし,実際は,われわれの生存に不可欠な恩恵をもたらしている.炭素を貯留し,清澄な水と食料を供給し,洪水から守り,世界の既知の生物種の10分の1にとっての生息環境も提供してくれる」とIUCN事務局長のブルーノ・オベール博士は言う.
世界のトンボとイトトンボの評価により,6,016種の16%が絶滅リスクにあることが明らかになった.淡水性の繁殖場所がますます悪化していることによる.南アジアと東南アジアでは,全種の4分の1以上が絶滅危惧にある.パーム油などを生産するために湿地や降雨林を開拓したからである.中南米では,トンボの減少の主因は,居住地や商業施設のための森林の開拓である.殺虫剤,ほかの汚染物質,気候変動により,世界のあらゆる地域で生物種にとっての脅威が増しており,北米やヨーロッパではこれらがトンボ類の最大の脅威となっている.
「トンボは淡水生態系の現状に関する高度に敏感な指標である.今回の地球規模での初めての評価で,トンボ減少の規模が明らかになった.われわれが保全努力の影響を測定するために用いることのできる不可欠なベースラインともなる.この美しい昆虫を守るためには,政府,農業,産業界が開発事業において湿地生態系の保護を考えることが極めて重要である.たとえば,鍵となる生息場所を保護したり,都市部の湿地を残したりすることが必要である」とIUCN種の保存委員会トンボ専門家グループの共同委員長のフィオラ・クラウスニツェール博士は言う.
アンドラ,フランス,ポルトガル,スペインにしか生息していない半水生の哺乳類であるピレネーデスマン(Galemys pyrenaicus)は,「危急VU」から「危機EN」に移動した.この特異な種はモグラに近縁で,敏感な長い鼻と大きな水掻き状の足を持っている.進化系統の最後の位置におり,世界で2種しか生き残っていないデスマンのひとつである.ピレネーデスマンの個体数は2011年以降,分布域全体で50%も減少してしまった.生息環境への人間の影響によるところが大きい.水力発電所,ダム・貯水池の建設,農業用の採水により生じる河川の水流の途絶や水位の低下の結果,広大な面積がデスマンにとって棲みづらい場所となり,個体群を分断し,デスマンの餌や隠れ場所を大きく減少させている.さらに,侵略的外来種,毒・網・爆薬を使った違法漁業,気候変動による旱魃の増加,河床と堤防の掘削,水質汚染もデスマンに脅威を与えている.自然河川流と周辺の植生の保護と復元,侵略的外来種のコントロール,気候変動への取り組みが本種の回復の鍵である.
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より詳しい情報やインタビューの申し込みは下記まで:
Harriet Brooker, IUCN Media Relations, +44 7960241862, [email protected]
Matthias Fiechter, IUCN Media Relations, +41 795360117, [email protected]
参考となる引用文:
「トヨタはトンボ類の世界的評価に貢献できたことを誇りに思う.トンボ類は,IUCNレッドリストで包括的に評価された最初の昆虫分類群である.この業績は,世界の生物多様性の喪失に対処するうえで,その進捗状況を追跡することを可能にする」とトヨタ自動車の広報担当者は述べた.
「世界中の多くの樹木の評価結果がこの最新版に加わったことで,『世界樹木評価』に向けて,前進していることになる.多くの樹種が深刻な状況にあるが,希望もある.この最新版で公表された樹木Terminalia acuminataはブラジルで絶滅したと考えられていたが,再発見された.本種は知られている木が300成熟個体以下で,「危機EN」と考えられるものの,すばらしい発見であり,永遠に失われる前にこの樹種を救うチャンスが出てきたことになる」と植物園自然保護国際機構の樹木レッドリストマネージャーのエミリー・ビーチ氏は述べた.
「トンボ類の惨状は,多数の湿地生物種が広範な危機に脅かされていることを示している.鳥類に関するレッドリスト当局としてのバードライフ・インターナショナルは,近年,多数の湿地性の鳥類の個体数が激減していることを明らかにしてきた.今年の最新版では,アフリカの東部および南部のアフリカオタテガモOxyura maccoaが「危急VU」から「危機EN」に移動した.これは,汚染,漁網への絡まり,農業用の湿地干拓が原因である」とバードライフ・インターナショナルの世界科学調整官のイアン・バーフィールド博士は述べた.
「湿地は,それが人間に提供する多くのサービスゆえに,社会的関心事である.しかし,多くの絶滅危惧種に湿地が生息環境を提供していなければ,こうしたサービスは存在しない.私たち自身の幸福は,自然界の幸福と密接につながっている.私たちは,トンボやほかの不可欠な指標種が被る生息環境の喪失を修正するための解決策を見つけるために協働しなければならない」とネイチャー・サーブ会長のシーン・オブライエン博士は述べた.
「水力発電は,再生不可能な手段よりも好ましいように見えるものの,ダム建設は水流に直接の影響を及ぼす.滝周辺を生育場所とする植物には大きな脅威となる.ある種は特有の滝にしか生育しない.「深刻な危機CR」とされたボチョウジ属の一種Psychotria torrenticolaはカメルーンのンテム川のメムベーレ滝のダムの下流でしか記録がない.この水力ダムは,2022年に本格的に稼働すると予想される.水位が季節的に変動することにより,急速に消えてしまういくつかの植物の1つである」と英国王立キューガーデンのアフリカ担当上級研究員のマーチン・チーク博士は述べた.
「地球の表面のほとんど,71%が海である.しかし,淡水は地球の水の3.5%でしかない.人類は,この貴重な資源を陸上に住むほかのあらゆる生物と分かち合っている.トンボの減少は,淡水生態系への投資を最優先にする必要性があることを思い起こさせる.これはしばしば見過ごされる問題である.たとえば,SDG14は「海の豊かさを守ろう」となっていて,陸地の水を完全に無視している」とIUCN種の保存委員会委員長のジョン・ポール・ロドリゲス博士は述べた.
「世界の湿地の減少は,魚類や水生植物だけでなく,トンボやイトトンボのような水生昆虫,進化上ユニークなピレネーデスマンのような哺乳類にも影響を及ぼす.さらに,これら重要な生息環境の喪失は,両生類と渡り鳥に深刻な影響を与える.湿地は,極度に狭い面積でありながら,例外的に高い生物多様性を維持している.『重要生物多様性エリア』を指定する際に,最優先順位を与えなければならない.湿地の喪失は,世界的に不均衡な影響をもたらす」とIUCNレッドリスト委員会及びテキサスA&M大学のトーマス・レイチャー博士は述べた.
「2019年のIPBES報告書は,自然の悪化は緊急に対処する必要があることを明白に述べている.それにもかかわらず,未だ,世界中の政府が「自然ポジティブ」になるために必要な変容を起こしていない.私たちの自然資本の急激な侵食に対応することを延期することはできない.選択肢のひとつという訳でもない.無視できるものでもない.野生生物は,気候変動による実在の脅威など,私たちが直面している多数の社会的課題に挑むための鍵となる同盟者である.絶滅危惧種の数が初めて40000を超えたという本日の発表は,COP15に先立ち,すべての政府に対する警鐘のはずである」とロンドン動物学会の上級科学者ナタリー・ペットレリ博士は述べた.